2024.6.8 メンバー:中瀬

昨日のうちに長者原ビジターセンターで情報収集、

双眼鏡を常備、三俣山がピンク色はすがもり越、地図上大曲登山口が良さそう、駐車場は狭いが前夜から確保、5時30分取り付く、センター予報は午後から雨、5m程の水無沢アルミハシゴのアップダウン、緩やかな尾根筋を20分登りと長者原の分岐、1時間は短縮できた。登山者も増える。スガモリ超は大小ごろごろの岩の中
傾斜もあり、三俣南峰を見上げると長蛇の列、辺りはミヤマキリシマが咲き誇りこの季節を求めてきた老若男女。若い頃から花を求めての登山は無い。28歳で深田先生と湯浅先生の推薦を受けて日本山岳会員になる、三河の山猿が日本の一流の登山家と交流できたことは場違いなところに首掴んだ感なり。32歳で文部省の立山登山研修所、講師に推薦されたがお袋に泣かれて断念、非常勤で登録、その時以来、日本山岳界をリードした山屋との交流は続く。ジャヌー北壁を完登した小西、フィクスロープ、ダンライン4000m.湯浅先生の紹介で直接TEL..網ですか三打ですか、切れなきゃいいんです、切れないロープなどありませんわ、と、後日湯浅先生から、小西がね中瀬君に食いつかれたとワハハハ。その小西は碧稜の石さんとマナスルの頂稜でアタック、石さんは登頂、小西は忽然と消えた、今は無い。今回の山行目的は芹洋子が歌ている坊ヶつる讃歌の編集作者、松本征夫先生、九州大学教授、日本ヒンズークッシュ、カラコルム会議、会員数160名、委員20名、松本先生も委員の1人、弱輩ながら小生も推挙され末席を汚すに至る。日本一流の個性ある登山家との交流は約20年続く、一年一回開かれる会議、蒲郡開催時、担当が松本先生と小生、駅前のスナックで飲んだ席で坊ヶつる讃歌を松本先生がリクエスト、この歌、僕が作詞したんです、九重連山のミヤマキリシマは6月には全山淡いピンク色に染まります。一度訪れて見て下さい。

花のために山登りは興味無いが、身体が動くうちに約束を果たしたい。その言葉に過言は無かった。

自然の営みはいささかな狂いも無かった。三俣山、(北峰、本、本峰、南峰)ピークハントして11.40分大曲登山口着。車に着くと雨が降り出す。
